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<ネゲブの流れ> ―470― 2017/9/17

  • 執筆者の写真: Kotomi Kani
    Kotomi Kani
  • 2017年9月17日
  • 読了時間: 2分

「弟子の力不足」 ルカ9:37~43

「ああ、不信仰な、曲がった今の世だ。いつまで、あなたがたといっしょ

にいて、あなたがたにがまんしていなければならないのでしょう。」

                         ―ルカ9:41―  

 先日ある方に、「色々な宗教がある中で、なぜキリスト教を信じているのですか。」と聞かれました。それに対して私は「神様に会ってしまった、体験してしまったからです。」と答えました。つまり私の入信は悩みと不安だらけの精神状態からの癒しでした。そのような癒しが、あの方この方の上に起こったらいいなと祈っていますが、現実はこの箇所の弟子達のような力不足を感じます。イエス様の弟子達への叱責の言葉からその原因を考えてみたいと思います。

 ①不信仰。― 人の救いや癒しを願って信仰の祈りを続けるということはなかなか難しいものです。逆の反応が出て来ると無理かなとすぐ思ってしまいます。さらにあきらめて祈りをやめてしまいます。私の経験で祈りが答えられた時というのは、切実な状況だったため信じて熱心に祈った時でした。癒しには信じ切る信仰が絶対欠かせないのでしょう。

 ②曲がった世の影響。― 世は神様に敵対し、人をいのちや光から引き離し死と闇に誘い込みます。それが曲がっているということです。私達の信仰に対して、世は疑いの思いをもって誘って来ます。信仰とは心の中の不信仰との戦いとも言えます。また「義人の祈りは働くと、大きな力があります。」(ヤコブ5:16)とあるように、祈る者や癒しに携わる者が罪からきよめられていないといけません。御霊の実(=愛、喜び、寛容、親切、善意、柔和、誠実、自制)を自分のものに。

 ③人依存の甘え。―癒しや悪霊追い出しには、本気の信仰が必要でしょう。イエス様の昇天後には、弟子達が癒しの担い手でした。誰がするのでもない、自分が癒すという、確固とした、自立した信仰つまり神様の前に一人立つ覚悟が必要でしょう。癒しとは悪魔に勝つことです。力不足から力充満へと成長したいものです。あふれる程に

 

<今週の予定>

・18日(月)Pm6:00~ 学習クラス(小学)

・19日(火)Pm6:00~ 学習クラス(中学、小学)

・20日(水)Pm3:00~ 学習クラス(中学)

・21日(木)Pm7:30~ 聖研祈祷会      

・22日(金)Am10:00~ 市民クリスマス委員会(聖約Ch)

・  毎日  Am6:00~6:30 早天祈祷会

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