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<ネゲブの流れ> ―505― 2018/5/20

  • 執筆者の写真: Kotomi Kani
    Kotomi Kani
  • 2018年5月20日
  • 読了時間: 2分

「ああ、エルサレム、エルサレム」ルカ13:31~35

「ああ、エルサレム、エルサレム。」      ―ルカ13:34―

 私は神学校卒業後32年間、一応伝道者を続けて来ました。その間多くの求道者に出会いましたが、集会に出席し聖書を学びながらもある所まで来ると神様から離れて行くという方々が結構いました。その度に悲しみ落ち込み、なかなか心の整理ができませんでした。この箇所のイエス様の心境はそれ以上であったと思います。愛してやまない者たちに殺されるつらさ。そして警告を聞かなかった者たちの末路への憂慮。イエス様の覚悟と嘆きと宣告から神の愛について考えましょう。

 ①死の覚悟=命がけの真剣な愛。― 神の子のイエス様は知恵と業において人間を越えていました。そのため当時権力を持っていたヘロデ王やユダヤ教指導者たちから憎まれ、殺意を抱かれていました。しかしその危険から逃れようともせず、むしろ殺されるために都エルサレムへと進んで行きました。それは私達人間を救うためでした。

 ②親心の嘆き=かばい招く愛。― ユダヤ人は神様に愛されながらも、神様に逆らいその預言者を殺しました。それでも神様は愛の使いを送り続けました。それはめんどりがひなをかばい集める姿に似ています。そして最終的な使いとして神の子のイエス様が遣わされましたが、この方をも拒んでしまうのです。真実な愛を拒む愚かさ。「ああ、エルサレム、エルサレム。」はイエス様の親心からの痛恨の嘆きです。

 ③悲痛な宣告=心を裂いた招き。― 親にとって警告に逆らい落ちて行く子を見ること程悲しいことはありません。それは心が引き裂かれる、心が壊れるという状態です。イエス様は心を裂いて「あなたがたの家は荒れ果てたままに残される。」と宣告しながら、反逆者の悔い改めを願っていました。私達はイエス様に悲痛な宣告をさせてはなりません。また私達の知人友人家族にもそのような宣告をさせてはなりません。イエス様はすでに命を捨てて下さいました。これ以上は!…決して!

 

<今週の予定>

◎学習クラス ・21日(月)Pm6:00~  ・22日(火)Pm6:00~  

◎聖研祈祷会 24日(木)Pm7:30~

◎早天祈祷会 毎日Am6:00~6:30 

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