<ネゲブの流れ>-847-
「ひとりひとりに恵み」エペソ4:7~10
「しかし、私たちはひとりひとり、キリストの賜物の量りに従って恵みを与えられました。」
ーエペソ4:7ー
兵庫県問題を追っていて最近斎藤マダムなる存在を知りました。かつてのヨン様ブームのように斎藤氏を崇拝する中高年女性の集まりです。中には自身の鬱病や子供の不登校を抱えた方もいます。依存する対象が空虚な悪人では、と心配になります。その点キリストは確かな義なる神です。キリストの身体に属する私達への恵みを確認しましょう。
➀ひとりひとりに量り与えられた恵み。ー パウロは教会の一致を勧めながら信者の画一化ではなく個々人の尊重を語っています。「ひとりひとり、キリストの賜物の量りに従って恵みを与えられた」と。私達ひとりひとりについてキリストが量って下さり夫々に恵みが与えられたのです。この量りは比較差別されるものではなく、個々人夫々が価値ある個性的存在とされて、ちょうど良い恵みが与えれたということです。実は不利な境遇も低い能力も大変な試練も益に変えられる恵みなのです。
➁高く上られたキリスト。― もうすぐイースターですが、キリストは復活後昇天し父なる神の右の座につかれました。それはもろもろの天より高い所です。この時に人々(=信者)に賜物を与えられたというのです。私達の生涯は創造の初めより計画されたものですが、私達への賜物(良しも悪しも)はこの復活昇天高挙のキリストつまり勝利者なるキリストにより量り与えれたものなのです。そう思うと、勇気が湧いて来ます。
➂下って下さったキリスト。― パウロは高く上げられたキリストを語りつつも、「上られる」前に「下られた」ことを明記しています。キリストは人となり地の低い所に下って下さいました。人知を越えたキリストの愛に「深さ」がありますが、その深さは人間社会の最底辺にまで至るようです。辺地佐渡ヶ島の暗い家庭に育って生きあぐねていた私を救って下さり、その後の長い病と失意の時にも何度も不思議な御手で助けて下さった主。それはキリストの十字架に表された謙卑の愛でした。今もその愛に支えられていることに感謝します。そして兵庫県問題に表れている現代人の渇きがキリストの愛で癒されるようにと祈るばかりです🙏

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