‹ネゲブの流れ>-727-2022/12/18
「今、立って」 ヨシュア記1:1~3
「今、あなたとこのすべての民は立って、このヨルダン川を渡り、わたしがイスラエルの人々に与えようとしている地に行け。」 ーヨシュア記1:2bー
2022年もあと2週間です。来たる2023年の祝福を期待しながら、約束の地獲得の書であるヨシュア記に入ります。私の人生は苦難も多く、忍耐できればまだましで自棄になって寝込むことも多かったです。しかし子育ての大事な要所では、家計経済をかけた挑戦をし大きな祝福も頂きました。振り返れば御言葉と信仰が与えられた結果の祝福でした。ヨシュアの信仰に学びつつさらに多くの祝福を頂きたいものです。
➀指導者より神に。― ヨシュア記は指導者モーセの死から始まります。モーセは以後彼のような預言者は起こらなかった(申命記34:10)と言われる程偉大な指導者でした。しかしモーセが偶像化される危険もあった程民の信仰が幼稚であり、土地獲得の戦いには民それぞれの信仰と従順の成長が必要で、ヨシュアへとバトンタッチされました。人間の指導者より直接神に聞き、それに従うことが祝福獲得の鍵です。
➁まず、今、立つこと。― 「立つ」のは次の動作に備えるためです。「待つ」「座る」「休む」とは違います。ある意味コロナ自粛の3年間は、座って休んで待った時だったかもしれません。不信仰のために40年間荒野を放浪した民に主は「今、あなたとこのすべての民は立って」と告げられ、約束の地獲得の戦いが始まります。同様に私達にも立つべき時が来たのでは。15年前失意の床から立ち上がって行った時、経済的免除を含む成功の道が開かれました。まず、今、立ち上がることです。
➂奇跡を経験する幸い。― 「立った」後に命じられているのはヨルダン川を渡ることです。このヨルダン川を渡るというのは普通のことではなく、川の水がせきとめられかわいた地を渡るという奇跡を伴ったことでした。そして続くエリコ陥落も奇跡、以後奇跡の連続で約束の地が与えられて行きます。足の裏で踏む所とは福音を伝えたのにまだ信じていない人達かもしれません。先日、毎晩の散歩コースにできた施設で以前世話した子と5年振りに再会しました。何度も足の裏で踏んだ所でした。「立って」示される所に出て行きましょう。確かに神の奇跡は始まる!
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