<ネゲブの流れ>-896-2026/3/8
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「上にあるものを求めなさい」コロサイ3:1~4
「あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい。」
ーコロサイ3:2ー
2月28日米イスラエル・イラン戦争が勃発しました。過去の宗教的政治的対立の怨念が渦巻く地域であり、キリスト教界内にも賛否両論があります。私はトランプ氏、ネタ二アフ氏が信用できないので早い終結をと祈っています。地上のことには判断が難しいことが多くあります。クリスチャンの基本はパウロの言う「上=天を思うこと」です。学びましょう。
➀クリスチャンの求めと思い。-「私たちが神の国にはいるには、多くの苦しみを経なければならない。」(使14:22)とあるように、私も多くの苦しみを経ました。それで落ち込んでいた時に慰められたのがこの箇所。「上にあるものを求めなさい」「地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい」 地上のものに気を取られ過ぎていました。上=天は昇天のキリストが神の右の座に着いている所で、私たちも招かれて行く所です。クリスチャンの求めと思いの中心は上なる天。地上は仮住まい。
➁クリスチャンのいのち。-「天にあるものを思いなさい」との勧めを裏付けるのが、私たちクリスチャンのいのちの理解です。クリスチャンは「逆立ちしてこの世を生きている」と言われ、この世の人とは存在、いのちが違います。信仰告白によって「いのちのパンなるキリスト」を食べた結果私たちは世と罪に死に、そのいのちが永遠のいのちとして神のうちに隠されたのです。いのちが変質したので考え方や感じ方、遭遇することも変わりました。しかも神のうちに隠され守られているという幸い。
➂キリストが現われる時。-地上のものを求めずに生きると、地上では成功せず目立たず、隠れた存在となるかもしれません。しかし人の前ではなく神の前に生きた者を神は覚えておられます。キリストが現われる再臨、あるいは神の業が力強く働くリバイバルの時などには、私たちもキリストとともに栄光のうちに姿を現わすのです。地上のことに生き信仰をなおざりにした者と上なる天を求めて謙遜に生きた者の差がはっきりと現われます。「隠れているのは、必ず現われるためであり、おおい隠されているのは、明らかにされるためです。」(マルコ4:22) 上なる天を求め、超越的歩みを!
























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