

<ネゲブの流れ>-881-2025/11/30
「満ちあふれる恵み」ピリピ4:14~20 「また、私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。」 ーピリピ4:19ー アドベント(待降節)に入りました。2025年もあと一ヶ月。今年も私達は様々な経験をし様々な恵みを頂きました。確かに一年祈り続けても動かなかったこともあります。しかし振り返って恵みを数え、さらに新しい恵みを待ち望むことは有益です。ピリピ人への手紙を結ぶにあたってパウロが発した神賛美は私達への祝福の約束です。学びましょう。 ➀困難も乏しさもあった。-パウロは手紙の結びでピリピ教会との関係を思い巡らしました。それは彼らの愛の贈り物のことですが、同時に伝道者パウロの困難と乏しさの体験でした。激しい迫害の中で命がけで伝道して来たパウロの困難と乏しさは尋常のものではありません。キリストが一人十字架に死んだように、困難や乏しさに孤立が加わることさえあったでしょう。今年、私もそのような痛い出来事に遭遇しました。 ➁支援者がいた。-パウロが厳しい困難と


<ネゲブの流れ>-880-2025/11/23
「あらゆる境遇に対処」ピリピ4:10~13 「私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。」 ーピリピ4:12ー 人が同一でないように境遇も同一でなく、多様な境遇があります。辛い境遇を乗り越えようと似た境遇者の体験談を読む人も多いです。しかし最も有効な境遇対処の秘訣は神に頼ることです。神は人の内外の事象の支配者だからです。偉大な信仰者パウロが「あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。」と言った所以です。パウロに学びましょう。 ➀捧げ物の恵み。-ピリピ教会は良い教会でパウロの働きのために二度も捧げ物を送りました。パウロはその捧げ物とピリピ教会の人々の心を非常に喜びました。与える心は霊的祝福の印だからです。彼は乏しい時には自ら働き、誰からもむさぼることはありませんでした。献金の多寡で信徒を評価する牧師とは違います。彼自身が物質的生活でも神に信頼して不満から解放されていたからで


<ネゲブの流れ>-879-2025/11/16
「一般的な善の追求」ピリピ4:8~9 「最後に、兄弟たち。すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい。」 ーピリピ4:8ー 高市氏は相当の虚言癖らしいです。就任一ヶ月でもう日中関係の悪化をもたらし、氏を支持する善悪に疎いネトウヨ達は中国との衝突すら求める始末です。高市内閣は長くないと言う人もいますが、日本の現状は憂うべき状況です。今こそクリスチャンの言動を通しての証が大切です。パウロも一般社会での生活の証しを勧めています。学びましょう。 ➀真実なこと~称賛に値することを心に留める。-パウロは手紙の終わりに近づき「最後に」と言って勧めます。心に留めるべきこととして善きことの列挙です。真実なこと、誉れあること、正しいこと、清いこと、愛すべきこと、評判の良いこと、徳と言われること、称賛に値すること、と。高市首相誕生以来これらと反対の報道や発言を耳にすることが多くうんざりでした。


<ネゲブの流れ>-878-2025/11/9
「何も思い煩わないで」ピリピ4:1~7 「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。」 ーピリピ4:6ー 時代を見分けるために政治を追っていますが、最近は斎藤知事と高市首相を見ると憂鬱になり困っていました。そこで「さばきの主よ。来て下さい。」と強く祈るよう心がけました。先週の予算委員会で高市氏は過去の極端な発言をいくつも変更し「芯のなさ」を露呈し、祈りが聞かれていることを実感。パウロから幸いな信仰生活について学びましょう。 ➀いつも主にあって喜ぶ。-私達は悪魔の支配しているこの世に生きており、とても喜べない事件や境遇に遭遇します。その中でも喜ぶには「主にある」ことが大事です。前の3章で学んだようにこの世を超越したキリストと天の栄光のすばらしさを思ってしっかり立つ、あるいは世から離れてクリスチャン同士の主にある愛の一致を楽しむ。私達には主からの恵みが溢れるばかり与えられており喜べることはいっぱいです。 ➁思い煩わずに祈る。-主の恵みを覚


<ネゲブの流れ>-877-2025/11/2
「私達の国籍は天に」ピリピ3:17~21 「けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キ リストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。」 ーピリピ3:20ー 先週日米首脳会談が行われ、高市氏のはしゃぎに隠れて日本に不利な交渉が進みました。敗戦以来、日本の食欲のために米国に魂を売る対米従属の状況が継続中。高市氏に首相としての威厳は皆無でした。地上の欲望と魂の高尚さの問題は人間存在につきもので、クリスチャンでも同様です。パウロの「私を見ならう者に」との勧めに学びましょう。 ➀十字架の敵として歩む恐ろしさ。-キリスト第一に生きたパウロは、霊的祝福のすばらしさを満喫していました。それでピリピの兄弟たちに「私に見ならう者となってください。」と勧め、同時に涙をもって反している人々(信者)のことを記します。彼らはパウロに見ならわないどころか十字架の敵として歩んでいる。神よりも自分の欲望充足が大事。関心事は生活の豊かさや世的成功という地上のことだけ。パウロは警告します。彼らの栄光は彼ら自身の恥、最後は滅びだ、と。自






















