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<ネゲブの流れ>-905-2026/5/10

  • 5月9日
  • 読了時間: 2分

「テサロニケ人の教会へ」Ⅰテサロニケ1:1~3


「パウロ、シルワノ、テモテから、父なる神および主イエス・キリストにあるテサロニケ人の教会へ。」  

                 ーⅠテサロニケ1:1ー


 本日は母の日です。母が子に残せる最も価値ある遺産は信仰です。聖書をそのまま信じる信仰が揶揄される時代ですが、私は癒し経験もあり聖書をそのまま信じています。本日から学ぶテサロニケ人への手紙には「母がその子どもたちを養い育てるように、優しくふるまいました。」(1:7)というパウロの教会への母心が出て来ます。それはパウロらが迫害下で産みの苦しみをした教会だったからです。先ず序文から。

 ➀迫害の合間の伝道。-マケドニアの中心都市テサロニケの教会はパウロの第二次伝道旅行でできました。同行者はシラス(=シルワノ)、テモテでともに教会誕生の功労者また手紙の発信者です。彼らはここを訪れる前ピりピで大迫害を受け投獄、賛美、地震、看守の救いという奇跡を経験しました。へとへとでやって来てユダヤ人の会堂で三週間伝道しましたがまたユダヤ人の迫害が起き、ここを離れました。迫害の合間の伝道。余裕ある伝道ではなかったのですが教会ができました。

 ➁迫害の中で芽生えた信仰。-パウロはピりピの迫害の記憶を抱えながらよけいに大胆に福音を語りました。鬼気迫るものがあったことでしょう。ユダヤ人、ギリシャ人、貴婦人が信仰に入りました。パウロが「多くの苦難の中で…みことばを受け入れ、私たちと主とにならう者になりました。」と評価しています。すぐにパウロらが去らなければならないような迫害が起きても、信仰を保った教会です。その信仰ゆえにパウロはいつも神に感謝していました。風雨にもビクともしない岩上の教会。

 ➂テサロニケ教会の信仰、愛、希望。-パウロは祈りのときにテサロニケ教会の信仰の働き、愛の労苦、主イエス・キリストへの望みの忍耐を思い起こしていました。信仰、愛、希望の順で、希望が一番印象的だったようです。それは迫害や苦難の中で信仰を保つにはキリストの再臨を待ち望み忍耐するしかないからです。テサロニケ教会は望みの忍耐で褒められる良き教会でした。私の子育てと信仰継承も迫害の合間の業でした。子供たちが信仰を継いでくれたこと、ただただ感謝です!


 

 
 
 

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