

<ネゲブの流れ>-911-2026/6/28
「信仰の父=パウロ」Ⅰテサロニケ2:9~12 「また、ご承知のとおり、 私たちは父がその子どもに対してするように、あなたがたひとりひとりに、ご自身の御国と栄光とに召してくださる神にふさわしく歩むように勧めをし、 慰めを与え、おごそかに命じました。」 ーⅠテサロニケ2:11~12ー 天性の詐欺師が首相をしている日本。騙されないためには正しい判断力が必要です。沖縄全戦没者追悼式で高市氏が使った「尊い犠牲」という言葉に対してある方が涙声で「尊いのは命だ」と嘆いていました。なるほど。親(父母)は人生の先輩として子どもを教えなければなりません。二千年経っても信仰の師、父であるパウロ。その生き様に注目。 ➀働き=労苦、苦闘、勤勉、自立。-パウロ書簡の言葉は霊感された神の言葉として二千年もの間世界中で信じられて来ました。確かに神の言葉ですが、パウロの暖かい人柄や苦難に耐える悲嘆が混じった言葉です。彼の真剣な生き様=命がけの働きがその言葉の裏付けです。迫害ゆえの労苦、苦闘は激しく、伝道の働きは生活のための仕事もするので


<ネゲブの流れ>-910-2026/6/21
「パウロの優しい愛」Ⅰテサロニケ2:7~8 「このようにあなたがたを思う心から、ただ神の福音だけではなく、私たち自身のいのちまでも、喜んであなたがたに与えたいと思ったのです。」 ーⅠテサロニケ2:8ー 今日は父の日でエビフライの日だそうです。母が亡くなり出稼ぎに出ている父が土産にエビフライを買ってくるという小説「盆土産」を読み、昭和の家族愛を感じました。人の愛がますます冷えている今の時代。パウロはテサロニケ教会に対して、母のように父のように愛したと言っています。パウロの愛を学び、愛の自己点検をしましょう。まず母の愛。 ➀母のように優しくふるまった。― 親は子供の養育において衣食住のサポートと人格形成のためのしつけをしなければなりません。それを父母で分担しますが、一般的には勧めや命令(12節)は父で愛情を込めた家事は母となります。パウロは男性ですが、伝道者としてテサロニケ教会に対して「母がその子どもたちを養い育てるように、優しくふるまった」のです。病人や罪人


<ネゲブの流れ>-909-2026/6/14
「福音をゆだねられた者」Ⅰテサロニケ2:4~6 「私たちは神に認められて福音をゆだねられた者ですから、それにふさわしく、人を喜ばせようとしてではなく、私たちの心をお調べになる神を喜ばせようとして語るのです。」 ーⅠテサロニケ2:4ー 連日高市氏と斎藤氏の問題言動が話題となっています。ともに謝ると死ぬ病の自己愛性人格障害者で、悪魔の手口で権力奪取と維持を図っています。彼らを支持する国民が多いという不義の時代に、語るべき福音は何でしょうか。クリスチャンには時代の福音がゆだねられています。初代教会で世界宣教の大役を果たしたパウロに学びましょう。 ➀福音をゆだねられた。-救い主キリストの十字架と復活は大きな神の愛の現われでした。その意味をできるだけ早く、できるだけ広く伝えるためにパウロが召されました。彼はまさに「神に認められて福音をゆだねられた者」でした。宣教が急務な時代は信徒皆伝道者との意識がすり込まれましたが、これは間違ってないでしょう。パウロには及ばずとも、クリスチャンが福音に頼って生かされるだけで福音の証人なのです。...


<ネゲブの流れ>-908-2026/6/7
「苦闘の中の福音」Ⅰテサロニケ2:1~3 「ご承知のように、私たちはまずピリピで苦しみに会い、はずかしめを受けたのですが、私たちの神によって、激しい苦闘の中でも大胆に神の福音をあなたがたに語りました。」 ーⅠテサロニケ2:2ー 先日高齢の姉妹から幸いな証を聞きました。若い時から難病を抱え、これまで生きて来れたのは神様のおかげだと言うのです。料理が得意で痛みの中でもご家族のため励んでいました。苦しみ、はずかしめ、激しい苦闘の中でパウロはテサロニケ人に福音を語りました。苦闘の中でこそ生きる福音。私たちは苦しいと負けやすいですが、学びましょう。 ➀むだでない宣教。-パウロのテサロニケ宣教はわずか3週間でした。ピりピの迫害から解放されて行ったテサロニケでもすぐにユダヤ人による迫害が起こり移動しなければならなかったのです。短い滞在で説教の回数も限られました。しかし幾人かのユダヤ人と神を敬う大ぜいのギリシャ人と貴婦人たちが信じました。宣教にむだはなさそうです。前述の姉妹とは訪問時祈って頂いて問題が即解決した奇跡の経験が





















