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<ネゲブの流れ>-898-2026/3/22

  • 4 時間前
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「新しい人=謙遜な人」コロサイ3:12~13


「それゆえ、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者として、あなたがたは深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身につけなさい。」         

                       ーコロサイ3:12ー


 先日の日米首脳会談はひどかったです。腐敗不正の両首脳のなめ合いで、世界中の良識者から嘲笑と疑問の声が。高市氏は黙示録17章の大淫婦に見えます。米国のトランプ支持のクリスチャンはどうなっているのでしょうか。パウロがコロサイ教会に語った「新しい人」とはクリスチャンの命であり、「新しい人」の真髄は「謙遜」です。学びましょう。

 ➀新しい人として身に着けるもの。-パウロはクリスチャンを「神に選ばれた者、聖なる、愛されている者」と呼びます。私達は選ばれ聖別され愛されている者です。なので罪深い古い人を脱いで新しい人を着るのです。その性質は深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容で、良い心の状態です。同情心と慈愛は積極的に注ぎ出す愛情、柔和と寛容は反抗や悪意を赦す優しさです。真ん中の謙遜はそれらの基盤と言えます。

 ➁謙遜について。-神学校の恩師宇田進師の謙遜についての注釈。「(謙遜は)罪ゆえに地獄へ行くべき者であったにもかかわらず・・・救われ神の子とされたという信仰に基づく」「自分の中には自己を主張する権利など一片も存在しないと真に認識する」 この言葉はショックで私の自己主張、不満不信を恥じました。2年前讃美歌136番「ちしおしたたる」の歌詞「われは死ぬべきつみびとなり」に涙した時と同じ感覚でした。別の恩師の言葉「地面に近く最も低いすそ回りに場所を見つける」も思い出しました。安重根は日本による亡国の危機の際、その原因を傲慢病から生じる不和として、謙遜を勧めました。謙遜は最高の徳です。

 ➂赦し合い。-心中に謙遜が基盤としてあって初めて優しい憐みの心や柔和や寛容さが出て来ます。傲慢を捨て自分は神の憐れみゆえに赦されただけの存在だと絶えず意識する。それなくして他者の無知、愚かさに寛容に対処したり、他者の嘲笑や悪意に怒りや恨みをかり立てず忍耐したりすることはできないでしょう。「主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。」との赦し合いも謙遜がなければ無理です。プライドの高い自分を恥じ、十字架の下にひれ伏すのみです。謙遜な人に(祈)


 
 
 

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