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<ネゲブの流れ>-927-2026/10/25

3 日前
読了時間: 2分

更新日:2 日前

「全く聖なるものと」Ⅰテサロニケ5:23~24


「平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。主イエス・キリストの来臨のとき、責められるところのないように、あなたがたの霊、たましい、からだが完全に守られますように。」

                       ーⅠテサロニケ5:23ー

 

 先週はデボーションで示されて、近所のクリスチャン高齢者三人を訪ねました。お話しながらいつか迎える最期の時を考えさせられ、また昔話を通じて私の失敗の記憶もよみがえりました。怒りっぽくて子供達に嫌な思いをさせたという後悔と自責の念。残る日々を通して成長したいと祈り出しました。ちょうど今日の御言葉はぴったりです。学びましょう。

 ➀責められるところのない全く聖なるものと。― パウロが結びで祈っていることはクリスチャンにとって最も大事なことです。3:13にもあった「キリストの再臨の時に聖く、責められるところのない者と」ということです。ここでは「全く聖なるもの」=聖化の完成です。今の私は全く聖なるものにもなっておらず、責められるところがあります。過去の失敗を振り返り、怒り、怠け、不信仰などの罪から解放され聖化の完成を目指したいです。キリストは今でも謙遜に私達の足を洗って下さるそうなので。

 ➁霊、たましい、からだが完全に守られるように。― パウロのもう一つの祈りは私達の霊、たましい、からだが完全に守られることです。人間存在を三つに分けて考えることもできますが、トータル的守りのことだそうです。実際クリスチャンでも、霊的な事に夢中で身体を壊したり、世の健康志向に夢中で信仰をなおざりにしたりと、バランスを崩すことがあります。私達の霊、たましい、からだは「三重の王国」と言われ聖霊の支配のある場です。終わりまで頭も体も信仰も元気に守られたい。

 ➂召された方、平和と真実の神がしてくださる。― 上記の二つのことはパウロの祈りであり、神がしてくださることです。平和の神ご自身が聖化の完成を実現してくださる、また私達を召された神は真実だから私達の存在である三重の王国を守ってくださる、と。そういえば老年期は現役期とは違って余裕があり人生の仕上げ期のようです。余裕のある行動を通して自分の弱点や失敗の原因にも気づかされ、改善策を取ることができます。御霊なる神が側近く導いてくださっているようです。ぜひ全く聖なるものとされ、責められるところなく、キリストにまみえたい✟


 
 
 

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