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<ネゲブの流れ>-918-2026/8/23

  • 8月22日
  • 読了時間: 2分

「聖くなること」Ⅰテサロニケ4:1~8


「神のみこころは、あなたがたが聖くなることです。」    ーⅠテサロニケ4:3ー


 先々週12~15日まで韓国に行きました。念願の安重根義士記念館では学芸部長から疑問点の解説と貴重な本を頂き感謝感激でした。私は日本の初代総理伊藤博文が嫌いです。明治天皇に注意される程の女好きだったからです。政界は欲の渦巻く世界でその日帝に戦いを挑んだカトリック教徒安重根はあっぱれでした。各国トップが欲で汚れている今の世界。聖なる神のみこころをもう一度確認し、さばきを恐れたい。

 ➀神のみこころ=聖くなること。― 3章の終わりでパウロはテサロニケ教会の人々が再臨の時、神の御前で聖く、責められるところのない者とされるようにと祈っています。いつの時代でもどこの国でも、教会をむしばみ弱体化させるのはこの「聖さの欠如」です。教会が立っているのは「汚れた世」だからです。姦淫者の高市氏やトランプ氏が支配者となれる「罪の世」です。しかしクリスチャンは聖なる神を喜ばす聖なる歩みをすべきです。「神のみこころは、あなたがたが聖くなることです。」

 ➁自分のからだを聖く保つ、他者を踏みつけない。― 具体的には不品行を避け、自分のからだを、聖く、また尊く保ち、情欲におぼれないことです。昔の時代や権力者には当たり前だったような姦淫の風習もNOです。この姦淫の行為はどれにしても、他者を傷つけ苦しめます。枠を踏み越えた情欲は自分のからだを汚し、他者を踏みつけたり欺いたりします。ダビデの姦淫罪は家庭を壊し国を弱体化させました。世が姦淫に満ちていてもクリスチャンは惑わされてはいけません。第七戒の厳守。

 ➂聖霊を拒む行為なのでさばかれる。― 「聖くなること」はパウロからのきびしい警告でした。主がこれらについて正しくさばかれるからです。神は私たちの罪を赦し(義認)さらに罪から聖め(聖化)ようとしておられます。そのためにペンテコステ以来聖霊が与えられたのです。クリスチャンが堕落して汚れを行なう場合はこの聖霊を拒む敵対行為となります。聖霊を拒むことは恐ろしいこと。必ずさばきが下ります。元夫は警告を聞かず本当に打たれました。私たちの救い主は聖なる方です!

 

 
 
 

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