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<ネゲブの流れ>-921-2026/9/13

9月12日
読了時間: 2分

「主の日を前に」Ⅰテサロニケ5:1~4


「しかし、兄弟たち。あなたがたは暗やみの中にはいないのですから、その日が、盗人のようにあなたがたを襲うことはありません。」     ーⅠテサロニケ5:4ー

 

 先週は家の基礎の修理工事があり天気に悩まされました。予報が外れて雨になり心配する場面も。この世は予測不能、対処不能なことが多く考えると不安になります。キリストの再臨についても時や詳細は予測不能です。その日は悪人には盗人のように突然来ますが、クリスチャンにとってはそうではないようです。パウロのことばに学びましょう。

 ➀主の日がいつかは解らない。― 4章でパウロは眠った人々とキリストの再臨について説明しました。さてその再臨の日=主の日はいつなのでしょうか。「ただ父だけが知っておられます。」(マタイ24:36)とあって天の御使いもキリストも知らない、まして人には全く解かりません。そのことはテサロニケ教会の信徒たちも教えられて知っており、パウロに書いてもらう必要はありませんでした。ただ覚悟や備えが必要でした。

 ➁暗やみの中にいる人には盗人のように突然。― 主の日が夜中の盗人のように突然来るということは、イエス様も語られ聖書の様々な箇所でも言われていることです。盗人がその目的を果たすには家人に絶対気づかれてはなりません。神や聖書を信じず悪へのさばきも認めず平気で悪事を働いている罪人らにとって、さばきを伴った主の日は突然盗人が来たようなものです。その日彼らは滅びに襲われます。それは妊婦に産みの苦しみが臨むようにどうしてものがれようのないものです。

 ➂光の中にいる人には待ち遠しい。― 不信者の罪人レベルでなくてもクリスチャンにも主の日が盗人のように突然来るから、罪や怠惰に陥らないように目をさましていなさい、という警告は聖書中によくあります。しかしここでパウロが語るのは、テサロニケの信徒たち=私達クリスチャンは暗やみの中にいないので主の日が盗人のように襲うことはないということです。光の子どもらしく信仰の目をさまし暗やみの業から離れて歩んでいるなら毎日が主とともにある恵みと喜びの日々で、さらに主の日が来たらそれはそれは素晴らしく嬉しい日なのです。今でも臨在の主がこんなに恵んで下さる❣ 主に会うその日にはどんな恵みが❓


 
 
 

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