

<ネゲブの流れ>-895-
「救い=肉の欲望の克服」コロサイ2:20~23 「そのようなものは、人間の好き勝手な礼拝とか、謙遜とか、または、肉体の苦行などのゆえに賢いもののように見えますが、肉のほしいままな欲望に対しては、何のききめもないのです。」 -コロサイ2:23- 春と復活祭が近づいています。十字架と復活はキリスト教の中心で、全人生問題を解決する真理です。私は仏教や神道に救いを見い出せずキリスト教に導かれ、その後長く病んだ心の病もこの世の精神医学ではなく十字架をかすかに見たことで癒されました。パウロがコロサイ教会内の異端を警戒したのも当然です。救いの土台を確認しましょう。 ➀救いとは肉の欲望からの解放。-政治問題を追っていると、お金が人生問題を解決してくれるような錯覚に陥ります。しかしそれは誤解であり、あらゆる人生問題の根っこは人間の欲望だと言えます。欲望を貪欲と高ぶりに分けて考えると色んな問題行動が説明できます。盗みもいじめも不平も暴力も。貪欲と高ぶりから解放され愛の支配者なる神を信じる時、その人は人格者となり豊かな人生を送ることができます。...


<ネゲブの流れ>-894-2026/2/22
「本体はキリスト」コロサイ2:16~19 「これらは、次の来るものの影であって、本体はキリストにあるのです。」 ーコロサイ2:17ー ソン牧師の賛美の一節「無名でもむなしくはないイエス様我を満たす」は信仰の真髄です。世の全てよりもイエス様が一番で実際その恵みに満たされているからです。私が神学校卒業以来格闘して来た真の信仰とは?という問題。キリスト教会に入り込みやすい似非信仰について、パウロがコロサイ教会に送ったこの手紙から分析的に学ぶことができます。異端まで至らなくても似非信仰の危険は絶えずあります。要注意。 ➀禁欲的、修行的な似非信仰。-宗教は難局打開のため超人的神仏の要求に応えようとするので、節操や道徳が説かれます。旧約聖書の十戒もその一つ。そのためキリスト教会でも律法より福音といいながら、飲食や遊興で善悪を決め誇ったりさばいたりしがち(禁欲)。また道徳重視で奉仕や献金を修行的に誇る人もいます(修行)。真面目で熱心で節操があるのに高慢さが鼻につくという信仰は危険。似非かも?...


<ネゲブの流れ>-893-2026/2/15
「凱旋の行列」コロサイ2:11~15 「あなたがたは、バプテスマによってキリストとともに葬られ、また、キリストを死者の中からよみがえらせた神の力を信じる信仰によって、キリストとともによみがえらせたのです。」 ーコロサイ2:12ー 信仰生涯は恵みの歩みですが悪との戦いも多いです。2023年法務省文書問題での高市氏の嘘発言から氏は危険だと思い、今回の選挙で野党支援をしましたが、大敗でした。支配と権威のかしらなる主に熱心に祈った分かなりショックでした。しかし過去私は信仰の戦いで三回負けて四回目に勝ったのでした。勝利の救い主について学びましょう。 ➀キリストの割礼=バプテスマ。― キリストの十字架は罪と死の支配者=悪魔との戦いで、キリストは復活により勝利しました。旧約では男子は割礼を受けて神の民となり、新約では人の手によらない割礼つまり水のバプテスマによって神の民となります。罪は魂をむしばみ死の状態にしますが、信仰をもってバプテスマを受ける時新しいいのちによみがえり生きるものとされます。割礼と律法では不完全だった罪からの解放が御霊に...


<ネゲブの流れ>-892-2026/2/8
「満ち満ちている」コロサイ2:8~10 「そしてあなたがたは、キリストにあって、満ち満ちているのです。キリストはすべての支配と権威のかしらです。」 ーコロサイ2:10ー 安重根のミュージカルの一節に「国を失う痛みを知っているか?」との言葉があります。今回の選挙では高市氏のデマ発言と説明拒否が続きさらにトランプ氏からの高市支持発言さえありました。過去の韓国併合を想起する様相。この難局打開には支配者キリストに頼むしかありません。信仰的な恵みも政治的な恵みも下さるキリスト。学びましょう。 ➀むなしい世の教え。― コロサイ教会に入っていた異端はキリストの神性=人性を否定し、仮現的に人の姿を取った神的存在(グノーシス)とか神性を捨てた単なる人(ケノーシス)とか教えていました。これは神=人という理性を越えた事を認めない理性主義あるいは神秘主義です。パウロの指摘する「むなしい、だましごとの哲学」「人の言い伝え」「この世に属する幼稚な教え」には真の救いはありません。神=人であるキリストを信じる者は、罪が赦され神と和解し神の奇跡が体験できる。.


<ネゲブの流れ>-891-2026/2/1
「キリストにあって歩む」コロサイ2:6~7 「あなたがたは、このように主キリスト・イエスを受け入れたのですから、彼にあって歩みなさい。」 ーコロサイ2:6ー 人の行動には目的があり、目的達成が困難な時こそ大事です。先週私は虚言癖の高市氏が嫌で中道候補者の手伝いを頑張りました。が情勢調査を見てがっかりしてしまいました。失望しやすい私ですが世の政治以上に大事な神の国完成に向かって歩み続けたいと思っています。それには日々の歩みがキリストにあることが大事。学びましょう。 ➀キリストに根ざして歩む。― パウロはコロサイ教会をあやまちから守るためにその信仰の由来=創始者エパフラスと陰の指導者パウロを意識させました。「このように主キリスト・イエスを受け入れたのですから」と。そしてキリストにあって歩むこととキリストの中に根ざすことを勧めます。肥えた地に根を張る植物は大きく成長します。キリストは知恵と力と愛に富んだ方です。知恵と知識の宝のすべてを持ち、死に勝利する力、命を捨てる愛を持たれます。信仰と祈りによってキリストの知恵


<ネゲブの流れ>-890-2026/1/25
「キリストを真に知る」コロサイ2:1~5 「このキリストのうちに、知恵と知識との宝がすべて隠されているのです。」 ーコロサイ2:3ー 受験シーズンです。算数数学が好きな私は全国の中高の受験問題に挑戦しています。有名中学の算数は結構難しく頭の悪さを思い知らされます。今日の箇所には「キリストのうちに知恵と知識との宝がすべて隠されている」とあって、そのような知恵と知識があればと思います。霊的な知恵ですが、そのようなキリストを知っていることは幸いです。 ➀キリストを真に知る。― キリストの苦しみの欠けたところを満たしていると言ったパウロは、面識のないコロサイやラオデキヤその他の教会の人たちのためにも苦闘していました。偉人の苦しみは場所や時代を越えて多くの人に役立ちますが、パウロの苦闘は彼らの励まし、愛による結合、豊かな全き確信、そして神の奥義であるキリストに関する真の知識のためでした。キリストを真に知りその素晴らしさを体験していたパウロこその苦闘です。私たちももっとキリストの奥義を知りたい。...


<ネゲブの流れ>-889-2026/1/18
「力あるキリストの内住」コロサイ1:24~29 「この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。」 ーコロサイ1:27ー 先週私のキリスト教観を話す機会がありました。私にとってキリスト教は宗教というよりも真理そのものです。10代で行き詰って助けを求めていた私に神は「帰れ!信じれば大丈夫」と声をかけて下さり実際に苦難中の助けや奇跡的祝福を沢山頂きました。そのために二千年前使徒パウロが苦しんでいてくれました。キリストの恵みにただただ感謝。 ➀私たち異邦人のためのパウロの苦しみ。-2章からの間違いの指摘の前にパウロは使徒としての姿勢を語ります。あなたがたのために受ける苦しみを喜んでいる。キリストのからだなる教会のために身をもってキリストの苦しみの欠けたところを満たしている。あなたがたのために…教会に仕える者となった。それは神のことば(=異邦人伝道に関する神の奥義)を伝えるためだ。厳しい迫害を喜んで耐えて伝道してくれたパウロの愛が二千年後の私をも救ったのです。感謝で伏すのみ。..


<ネゲブの流れ>-888-2026/1/11
「御子は教会のかしら」コロサイ1:18~23 「また、御子はそのからだである教会のかしらです。御子は初めであり、死者の中から最初に生まれた方です。」 ーコロサイ1:18ー 私にとって48年前に初めて訪ねた教会は別世界でした。牧師の説教に真理を感じ、教会の皆さんも暖かかったです。その後様々な教会や様々な牧師に出会い傷つけられ失望することも多かったです。しかしそれは見える現実の教会でのことであり、現実を超越した見えない教会レベルでは恵みだったのでしょう。パウロの教会観を学びましょう。 ➀御子は教会のかしら。-前回創造者である御子は万物より先に存在していたことを学びました。さらに御子は現在存在する教会つまり御子のからだなる教会のかしらと言われます。御子は復活により死者の中から最初に生れ、後に信仰により神の子となる信者たちの初穂となりました。創造でも教会誕生でも御子は第一のものなのです。御子は知恵そのもので、私たちを教え導くかしらです。御子に従うことは幸い。 ➁十字架による和解の恵み。-アダムの堕罪以来人間と被造物世界に罪悪が入り神との


<ネゲブの流れ>-887-2026/1/4
「御子の支配の中に」コロサイ1:13~17 「神は、私たちを暗やみの圧制から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。」 ーコロサイ1:13ー 新年が始っています。昨秋、事が主の導きにより進んでいることに気づき、自分の計画よりも主の導きを待つようになりました。すると年末から新しい事が起き始めました。この数年休んで黙想していましたが動く時が来た感じです。信仰生涯の止まるも行くもともに、主の御手の中。パウロ曰く、暗やみの圧制から救い出された私たちです。学びましょう。 ➀支配の移行。-私たちは誰かのために健康や成功を祈りがちですが、パウロはコロサイ教会のための祈りで神の知識、歩み、感謝を挙げました。それはクリスチャンと世の人との違いは御子の支配下にあるか否かだからです。かつて私たちも世の人と同じように御子の支配下ではなく、この世の支配者であるサタンの支配下に生きていました。「暗やみの圧制」下です。自分の罪と他者の罪が衝突して不幸をもたらす悲惨さ。しかしそ


‹ネゲブの流れ>-886-2026/1/1
「主の恵みの年」イザヤ61章 「神である主の霊が、わたしの上にある。主はわたしに油をそそ ぎ、貧しい者に良い知らせを伝え、心の傷ついた者をいやすために、わたしを遣わされた。」 ーイザヤ61:1ー 謹賀新年。2026年の幕開けです。毎年学んでいるイザヤ書は恵みの61章です。昨年私は60章1節の「起きよ。光を放て。」から、思い切って上京し恵みの時を頂きました。しかし2節に「やみが地をおおい」とあるように、1年間注視した兵庫県問題からは世のやみを嫌という程味わいました。新年、世はどうであれ、主にある者に恵みは倍加します。 ➀心の傷のいやし。-60:20でも「嘆き悲しむ日が終わる」とありましたが、61章では悲しみや憂いなどの心の傷のいやしは完全です。神である主の霊を受けたキリストが傷ついた者の所に遣わされるからです。慰めが与えられます。悲しみが強すぎてみすぼらしかったのに、頭の飾り(冠)や喜びの油(聖霊)や賛美の外套(聖め)で着飾ってもらえます。昨年出会った「恵み」という賛美から「すべ






















